• Nakamura

産業革命と理容文化

最終更新: 2019年12月10日



産業革命とは、18世紀から19世紀にかけてイギリスを発端にして起こった社会構造の変革のことである。


(以下、wikipediaより抜粋)

産業革命において特に重要な変革とみなされるものには、綿織物の生産過程における様々な技術革新、製鉄業の成長、そしてなによりも蒸気機関の開発による動力源の刷新が挙げられる。これによって工場制機械工業が成立し、また蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船鉄道が発明されたことにより交通革命が起こったことも重要である。

経済史において、それまで安定していた一人あたりのGDP(国内総生産)が産業革命以降増加を始めたことから、経済成長は資本主義経済の中で始まったとも言え、産業革命は市民革命とともに近代の幕開けを告げる出来事であったとされる。また産業革命を「工業化」という見方をする事もあり、それを踏まえて工業革命とも訳される。ただしイギリスの事例については、従来の社会的変化に加え、最初の工業化であることと世界史的な意義がある点を踏まえ、一般に産業革命という用語が用いられている。


産業革命は先ほど述べた通り、イギリスから始まり、ベルギー、フランス、アメリカ、ドイツ、ロシアと続き、そして日本には19世紀中頃(明治20年ごろ)に始めり定着していったと言われている。





近代理容文化と産業革命には大きな相関性があったのではないだろうか!?




例えば、産業革命が盛んになっていたイギリスでは、1805年にトゥルフィット&ヒルという理容店が誕生した。


この理容店の歴史は1805年10月21日、ロンドンのメイフィア地区ロングエーカーにオープンした。

店主は、フランシス・ウイリアム・トゥルフィット。

英国王室御用達のヘアカッター、ヘッドドレッサー、そしてウィッグメーカーとしての出店である。 フランシス・トゥルフィットは理容師としての卓越した技術だけでなく、フレグランス、整髪料、ヘアトニックといった製品の調合、プロダクト開発などでも活躍した。


イギリスの産業革命がもたらした社会構造の変化については、是非歴史書やTV番組、Youtubeなど様々なメディアを通してご自身で興味を持って知ってもらうとして、これだけは押さえておきたいポイントは何か!?


それは、人類史上初めてGDPが拡大し始めたことではないだろうか!?

同時にそれは、近年に続く人口増加につながっている。


GDPが拡大するというのは、どういうことか!?というと、それは人間一人当たりの生産性が工業によって向上したことを意味する。


つまり資本家を中心に、近年では庶民すらも余暇を楽しむ余裕が生まれたり、庶民ですらも髪を切って嗜むようになったりし始めた。


19世紀時点では、まだまだ特権階級の為のサーヴィスであったかもしれないが、当時から理髪店が提供しているサーヴィスはさほど変わっていない。


髪を切り、髭を整え、リラクゼーションで顧客を癒したりその容姿を整えているわけだ。


とにかく、イギリスは産業革命以降、その権力と覇権を世界中に広げるほどの力を持つようになった。

イギリス国内は当然好景気に湧き上がり、農民だった人たちは工業化の波に揉まれ、どんどんと工員となっていた時代。

それら工員を雇う資本家たちや、資本家たちと共に世界中の富をイギリスに呼び込んだ政治家や貴族は、その容姿を着飾るために理容店に訪れことは想像に容易い。


日本では、イギリスから遅れること1世紀後、凡そ明治20年ごろに産業革命のビックウェーヴにありついた。


隣の中国やインドは、イギリスとの戦争などの影響で産業革命の波に乗ることができなかったが、日本では明治維新以降、積極的に英国文化を取り入れ、社会構造を劇的に変えつつ、彼らから工業製品を輸入することで余計なトラブルを避けていたように思うし、勤勉な国民性は当時から変わらなかったのかもしれない。


つまりこの産業革命との関係上、日本における理容文化の開花は、その時代くらいから一気に広まったのではないか!?と思う。


これについては、明文化された資料にありついておらず、憶測の域を出ないが今後も引き続き調べ、何か面白いネタがあれば動画やblogにまとめていきたいと思う。


今日はとっても余談だけど、すでに詳しい人や、興味が湧いて調べてみたい方がいれば連絡をコメント欄などでセッションできると嬉しいです。


ではまた。


peace.


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